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2010,02,11, Thursday
前田仁さん
 前田仁さんというのは音楽プロデューサーで、その昔は初期の吉田拓郎さんとか、ばんばひろふみさんの「SACHIKO」、KANさんの「愛は勝つ」などを手がけた方。 当初はエピックソニーというレコード会社におられ、スピッツが徐々に売れて行くくらいの頃は、その所属レコード会社の社長も務められていました。 僕がこの前田仁さんにお会いしたのは1998年のこと。 当時僕がやっていたTWO of USは、鳴かず飛ばずでレコード会社のリストラ対象アーティストになってしまい、「次のシングルで何らかの結果が見えなければ契約終了」という崖っぷちに立たされていました。 その運命の1曲を作るべく、最初は所属事務所の方とやりとりをしながら「産みの苦しみ」というのを味わっていたんですが、結局いい曲ができずにいました。 そんな折り、自分でレコード会社を立ち上げたという前田さんがこの事務所スタッフを訪ねてきて、僕らのラストシングルを手がけることになったのです。 前田さんの制作スタイルは、まず歌詞から作るというもの。 昨今は曲が先行してあとから歌詞を乗せるほうが圧倒的に多いんですが、その逆。でももともとは作詞が先立ったようで、その名残で「作詞」「作曲」という順番でクレジットされているとか。 TWO of USにおいては、僕が歌詞を書く事がほとんどだったので、とりあえずは僕が前田さんのシゴキを受ける事に。 色々なアドバイスをもらいました。「想像で書けないんだったら、自分の恥を書きなさい」とか、「人を好きになれない奴はいい歌詞なんか書けない」とか、「Hanakoとかananとか女性が好んで読む雑誌もバンバン見ろ」とか。 そんな作業の末、クリスマスソングが完成したんですが、これだとクリスマスを過ぎると宣伝活動などしづらい等、少し長いスパンで売って行けるようなものを作るべくお蔵入りに。 そして次の作戦は、前田さんが何人かの作詞家に歌詞を依頼し、その中で選りすぐった5作品に僕らTWO of USがそれぞれメロディーをつけるというもの。単純計算、これで10曲できるわけです。 そんな中、選ばれて完成、発売した作品が「99%の寂しさ」でした。 今も続いているTBSの「はなまるマーケット」のエンディング曲になったりしつつ、あとはゆうせん放送めぐりや色々なイベントに出るなどやったんですが、残念ながらレコード会社が納得出来るような結果はでず、レコード会社が手を引くとなると、事務所ももうお手上げの状態だったので、これをもってTWO of USは契約終了となりました。 僕はこの結果は「仕方がないこと」と案外素直に受け止めていて、別に誰を恨むとかいうような感じには一つもなっていないのです。 もちろん前田さんは全力でプロデュースしてくれたし、「アーティストとはなんぞや」「シンガーソングライターとは何ぞや」「石にかじりついてでも、血の小便を流してでもやる覚悟がないとダメだ」というようなことを教えてくれて、アマちゃんだった僕にはとても必要なことばかりを叩き込んでいただきました。 また前田さんは僕と同じ釣り好きで、特に鯛釣りにはまっていて「今度一緒に行こう！」なんて話もよくしていました。 以来前田さんとはほとんどお会いすることは無かったんですが、1年半くらい前に急に「どうしてる〜？」と電話がかかってきました。特に用事があったわけでもなく、僕の近況を伝えながら「ライブやるときは見に来て下さいね」なんて言って切ったのです。 そして昨日ふと鯛釣りでも誘ってみようかと思い電話をしてみると、電話に出たのは前田さんではなくお嬢さんでした。聞けば肺がんのため先月15日に亡くなったとのこと。まだ63歳だったそうです。 今日はお宅にお邪魔して手を合わせてきました。遺影も、ご家族から見せていただいた闘病時の写真も当時の前田さんのまんまで、白い布で包まれたお骨がそこにあるのが何だか変な感じがしました。 前田さんが当時の担当マネージャーに「川久保は努力する才能がある」とおっしゃっていたと、ソニーを離れるときに聞きました。 とかくアーティスト稼業をしていると、“才能”という言葉があっちこっちから矢のように飛んで来て、湯水のように曲が作れるわけではない僕にとって、それはとても痛い言葉でした。でも前田さんのこの言葉を伝え聞いてから、何だか自分にもやっていけるような気がして、今日もどうにかミュージシャンとしての看板を掲げています。 前田仁さんに心から感謝。 そして心よりご冥福をお祈り申し上げます。 |